九州 特集|さぐるコレクション

木や金具を一切使わずに、和紙と糊だけで作る山鹿灯籠。今回は、山鹿灯籠の発祥から今日までの歴史と、山鹿灯籠を作り続ける灯籠師の皆様に守るべき伝統と継承の思いを語っていただきました。



山鹿灯籠の始まり 約1300年前、第12代景行天皇が筑紫御巡業の際、菊池川を遡り今の山鹿付近に上陸。辺り一帯に濃い霧が立ちこめ行く手を阻まれていた一行を見て、山鹿の里人達は松明をかかげ杉山へと案内しました、天皇はそこに仮の御所を建立し、その跡地に天皇をお祀りした大宮神社が創建され、天皇一行が上陸した日に毎年松明を献上するようになりました。これが山鹿灯籠の起源として伝えられています。
その後、室町時代に松明から紙と糊を使った灯籠の姿へと形を変えていき、毎年8月に行われる山鹿灯籠祭りにおいて山鹿灯籠を奉納する、という現在の伝統が確立されました。
現在山鹿市では7人の灯籠師が制作に取り組んでいます。山鹿灯籠を作るには折り、曲げなど高等な技術の習得と熟練を要し、十数年の年月をかけてやっと一人前の灯籠師として認められます。
毎年4月に行われる神事「灯籠制作開始祭」では灯籠師が清祓を受け、山鹿灯籠祭の神事”上がり灯籠”で献上する「奉納灯籠」の無事制作を神前に祈願します。奉納灯籠の制作には延べ300~400時間が費やされると言います。灯籠師達は自身の持つ技術を最大限発揮し、その渾身の一作は芸術品としても高く評価されています。
山鹿灯籠師
多様化する山鹿灯籠 和紙の発達と灯籠師の技術の向上・競り合いによって山鹿灯籠は次第に精巧なものに発展していきました。神事”上がり灯籠”で奉納される「宮造り灯籠」をはじめ、住居をかたどった「座敷造り」、お城をかたどった「お城造り」、壷をかたどった「矢つぼ灯籠」など様々なものが作られています。これらは精巧な紙細工として、また芸術品としても高く評価されています。山鹿を代表する伝統工芸として後世に継承

していこうと、後継者の育成など町ぐるみで活動が行われています。

お問い合わせ先

名称(ふりがな) 山鹿市役所観光課(やまがしやくしょかんこうか)
電話番号 0968-43-1579
ホームページ http://www.city.yamaga.kumamoto.jp/kankoh/

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